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眩しすぎる何か-『あさひなぐ』感想と、勝手な誓いのようなもの-

部活の用意を持った中高生とすれ違うとき、なんとなく背徳感というか罪悪感というかを感じてしまって、眩しくて見ていられないことがあるのは、私だけだろうか。体育館から聞こえるかけ声やボールの音で切なくなるのも私だけだろうか。

今日、『あさひなぐ』(映画『あさひなぐ』 公式サイト)を観てきた。

この作品には、そんな、目を逸らしたくなるほどのキラキラとした何かがあった。ただひたすらに眩しかった。「汗かかへんのかーい!」とか、「いやさっさとラーメン食べろよ!?まいやん野菜しか食べてなくね!?」とか「試合後でもアイシャドウ綺麗ね〜〜」とか、いろいろとツッコみたくなるところはあったけれど、『あさひなぐ』、いい。 なあちゃんがずっと可愛い。あと予告にもある電車を見送るまいやんが美しすぎて、美の暴力ってあるんだなと感じた(下のリンクの0:26〜)。皆が流す汗すら輝いていて美しかった。絶対あの汗石鹸の匂いがする。画面がもうずっとキラキラしていた。


9.22公開 映画『あさひなぐ』予告編映像【公式】

そういうキラキラがあるだろうなとは予見していて、それに当てられたくないから、この作品を見ることを本当は躊躇していた。頑張っている人を見るのが嫌いだから。頑張っていない自分を責められているようで。結果を出している人を見るのが嫌いだから。何も持っていない自分が惨めに思えて。でも結局、そうやって周りに劣等感を感じてばかりの自分が1番嫌いなんだと自分で気づいているから、今回映画館に足を運んでみた。

結果として、行ってよかった。自分のなかの傷がごりごりに抉られたけれど、少しだけ救われたし、今日からもっと頑張ろうと思えた。たかが2時間の映画でそんなことあるかよって思っている側の人間だったけれど、それができるのが映画だし、この作品にはそんなパワーがあると思う。開始10分でぐすぐす泣き出して、帰る頃には目が真っ赤だった私を、小学生の女の子2人組が怪訝そうな目で見ていた。ごめんね。

 

「私でもあんな風になれますか? 」まっすぐな瞳で、まいやん演じる真春先輩を見つめる主人公旭。あ〜〜あんな目をして未来に期待を抱いたこともあったなあ。自分の未来が素敵なものだと信じて疑わない時期があったなあ。この時点で懐かしさや眩しさで消えたくなる。運動音痴でへっぽこで、だけど愚直に諦めずに努力を重ねる旭が怖い。嫌だ側にいたくない。とも思った。


私は、伊藤万理華さん演じる新部長の「野上えり」に、勝手に自分を重ねていた。

「どっかで思ってたの。真春が負けるわけがないって。」
エースに頼ることで、どこか安心している部長。チームが勝つためなら私は引き分けに徹する、って聞こえはいいけど、要はあとは真春に任せたどうにかしてっていう放棄だよね。3年生の引退試合で私がもう1本取ってれば、って悔やんでいた真春とはもう自覚とか覚悟の時点で違うんだなとも思った。でも、わかるよ。すごくわかる。わかりすぎて、そして客観視できてしまって辛かった。

焦って焦って、変わりたいって気持ちだけが前に出てしまう部長。空回りして、「(練習を)上がるよ。1年片付け。」と、泣きそうな震える声で言うえりを見るのが辛かった。自分を見ているようだった。

私の話をする。中学でも高校でも、うちのチームのエースは後輩だった。部長の私ではなかった。でも実は少し、そのポジションに安心していた。苦しいときはエースがなんとかしてくれる!と、どこかで責任を押しつけていた。私は、エースのことをそうやって頼っていた癖に裏ではずたずたに劣等感を感じていて、さらには試合前1番震えていたようなだめな部長だった。

その点は私と違って、えりは綺麗だった。真春のことを尊敬しているし、部長としての役割をきちんと果たしていた。そして真春におんぶに抱っこではないチームへと、彼女自身が変えていくのだ。

変わりたい変わりたい、と私は幾度も誓いを立てるのに、何度も何度も折れる。勉強の計画だってそうだしダイエットだってそうだ。部活だってそうだったのだ。目の前にそう突きつけられている感じがした。


真春は言う。「強くなりたいなら、無茶をするの。」
旭たちを指導した尼僧は言う。「強くなるには、同じやり方じゃ駄目なんだよ。」

私の話に戻るが、私は意地だけで部活を続けた。しんどかった。でも、実力のない自分が嫌ならば、多分もっともっと頑張らなくちゃいけなかったんだ。できないならできないなりに、もっともっとストイックに取り組まなくちゃいけなかったんだ。もっともっと自主練をしたりしなくちゃいけなかったんだ。人と同じでは駄目だった。強い2人を見ていると余計に突きつけられる。尼僧の「お前が足引っ張ってんだぞ」の台詞で、なぜだか笑ってしまった。私には耳タコすぎた。もう聞きたくない台詞すぎた。惨めな自分に気づかないふりをしていないと立っていられなかった私は、旭でも、やっぱりえりでもない。

尼僧が厳しい合宿終わりにぽつりと呟いた言葉がある。

「あの子たちの人生には、これからたくさんの困難があるだろう。そのときに、この6日間を逃げずに耐え抜いたことがいつか必ずあの子たちの人生を支える柱の一つになる。」

あれだけ厳しかった彼女がこう言ってくれたことでなぜか私が1番救われてしまった。まあ旭たちには聞かせていないから1番も何もないのだけども。

やっぱり、毎日毎日泣きながら部活に行っていたことも無駄ではなかったんだなって。根性だけで続けたことにも意味があったんだなって。私に向けて言った台詞ではもちろんないけれど、私はそこで自分の過去を許された気になった。逃げなかったことがえらい、ってきっと誰かに言ってほしかったのだ。


映画の「キラキラ」を凝縮したような主題歌で、映画『あさひなぐ』は締めくくられる。美しいピアノのイントロやら刺さりまくる歌詞やらで初めて聞いたときから大好きなこの曲。


乃木坂46 『いつかできるから今日できる』

 

君がやりたいと始めてみたことなのに 空回りして全て嫌になったのか?

そもそもなぜ私が部活を始めたのか、思い出してみた。あぁ、そうだ。小学生の頃にやりたいと自分で言い出したんだった。両親にお願いして、習わせてもらっていたんだった。そして中学でも高校でも頑張ろうと、自分で入部届に名前を書いたはずだ。そうだ、本当はこんなに引きずらなくていいはず。

 

違う自分になろうとしてたんだろう

明日こそはって何回言ったんだろう。明日こそはもっと上手くできるはず、明日こそはちゃんとした部長でいるぞ、明日こそは頑張るぞって、ずっと思っていた気がする。あの気持ちを否定しないでいよう。

部活において、確かに私の努力は足りていなかったのだと思う。けれど、私はあの日の私を肯定したい。甘えと笑われてもいい。たくさん泣いてかっこ悪くて、思い出したくもないような過去の自分を、許したい。逃げなかったことがえらい、って自分で言ってあげよう。そう思えた。

その代わり私は、情けない私のままではいられない。旭たちに負けていられない。あの「キラキラ」を眩しいと嘆いているだけではいられない。部活のことについてはまだ完全には受け入れきれてはいないけれど、別のことでやり直してみせる。無茶をしてみせる。

頑張れよ、私。「今」。