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ご報告。

2018年7月8日をもって小山担を降りました。2016年1月22日に一目惚れしてから約2年半、慶一郎慶一郎と毎日はしゃいで、楽しい日々を過ごさせてもらいました。短いと笑われるかもしれないけど、私にとってはすっごく大切な2年半でした。担降りの理由は、他に担当したい人ができたからです。騒動うんぬんは関係ないです。‥‥うそ、たぶん関係ある。でも、裏切られた、とか、嫌いになった、とかではなく、このタイミングでごめんねと言う気持ち。

いわゆる『担降りブログ』が持つ熱量が好きなので、自分も書いてみることにします。

慶ちゃんの騒動が起こる少し前に、今担当したい人に一目惚れした。一目惚れしすぎか(笑)。その人はめちゃくちゃ歌が上手くてめちゃくちゃ真面目で、めちゃくちゃかっこいい人だった。騒動の2日前と1日前に、その人のコンサートに行った。キラキラの笑顔とキレキレのダンスを見るたび、「この人を自担と呼べる人が羨ましい」と思った。眩しかった。でも私は小山担の自分が気に入っていたし、「小山担を降りるときはジャニーズから降りるとき」だと本気で信じていたので、羨ましい気持ちには蓋をした。とはいえ本当に素敵なコンサートだったので、思い出してはにやにやしていた。そんな余韻に浸っているなか、慶ちゃんの活動自粛の報せがはいった。

頭が真っ白になった。手が震えた。訳がわからなかった。

そこから知り合いのNEWS担たちは死ぬ気で生きた、と言う。でも私は実は第一報で取り乱したくらいで、そこからは意外と大丈夫だった。今の担当の人に元気をもらってたから。でも、そこまで辛くなかった自分がなんだか申し訳なかった。みんな辛そうなのに自分だけ都合のいいときだけ他の人のところいくのかって。それは慶ちゃんにもお友達にも、その人にも失礼なんじゃないかって。

そんなとき、大好きなフォロワーさんがこう言ってくれた。「後ろめたく思ったりなんてしなくていいんだよ。りにさんがこのタイミングで〇〇くん(現自担)に出会ってたの本当によかったと思う。〇〇くんは、りにさんが辛い時期を乗り越えるために神様が出会わせてくれたんだと思うし、今はそこにいていいと思うんだ。」

こう言ってもらえて泣きそうなくらい安心した。そしてその言葉に甘えて、どんどん〇〇くんを好きになっていった。しれっと名古屋まで遠征したりもした。

正直、逃げだったとは思う。慶ちゃんにとって「いいファン」には最後までなれなかったのだと思う。〇〇くんにのめり込むという選択は私にとっては明らかに正しかったけど、「小山担」としては正しくなかった。どうせ正しくないならいいや、と、拗ねている子供みたいに「BLUE買わない!!」とゴネて本当に買わなかった。ミヤネ屋を見ていていきなり自担の名前が速報で出たときの、手が震えて頭が真っ白になったあのときの感情を、「CDを買わないこと」で伝えてやろうと思った。そんなことできないのに。

でも私がそんなバカみたいなちっぽけな腹いせをしている間に、私の好きな人たちはBLUEをたくさん買ってた。ハガキを書いてた。早く帰ってきて、ってちゃんとがんばってた。

そこでがんばれない私は、もうファンじゃないんだと本格的に悟った。手越くんの言う「最強のファン」のなかに入れなかったのだと思った。

それでも掛け持ちできるんじゃないか、とか、小山担〇〇くん推し、でいいんじゃないか、とか、たくさんたくさん考えた。でも私はさっそく、「どちらか」を選ばなきゃいけない場面に立たされてしまった。〇〇くんの現場の日と、NEWSの味スタ15周年ライブの日が重なってしまったから。この選択が、「その日どちらを選ぶか」だけじゃなくて「今後どちらを自担として応援するのか」を意味することになんとなく気づいていた。

そこで私は、慶ちゃんじゃない人を選んだ。チケットもあったのに、友達と一緒に行く約束もしていたのに、慶ちゃんを選ばなかった。それが7月8日のこと。私は、〇〇くんを自担と呼びたい。これからの〇〇くんを見ていたい。そう決めた。

でも、本当に慶ちゃんには感謝しているし、好きでいたことを後悔なんてしていない。する予定もない。

あの日慶ちゃんのことを好きになっていなかったら、私は1人の人をあんなに好きでいられる自分に気づけなかった。あ、なんだ私こんなに人を好きになれるんだって、勝手に誇らしくなっていた私はいなかった。たった2年半だけど、飽き性の私にとってはとても意味のある大きな2年半だった。「小山担のりに」でいるとき、私は私を好きでいられた。

あの日慶ちゃんのことを好きになっていなかったら、繋がらなかった縁がたくさんある。出会って1年、月2で会っているシンメの手越担に出会えなかった。浴衣を着て夏祭りに行ったあの日も、クリスマス一緒に過ごしたあの日も、さみしいと泣きついたらすぐに駆けつけてくれたあの日も、私の人生のページになかったままだった。DVD鑑賞会でみんなとわーきゃー盛り上がれるなんて知らなかった。快くおうちに泊めてくれる友達にも、人生について語れる友達にも、凹んだときに優しいリプをくれる友達にも、出会えていなかった。

この縁を繋いでくれたのは慶ちゃんだけどこの縁を続けていくのは私だから、肩書きが変わっても大切にしていけたらいいな、と思う。諦めたくないな、と思う。でも、小山担ではなくなった私とは今まで通りには仲良くできない、と思われているならそれはそれで受け入れるしかない。今までほんっっっとうにありがとうございました。だいすきです。もし、もしも、このまま仲良くしてくださる方がいるなら、めちゃくちゃめちゃくちゃ嬉しいです。

こんなので降りるんだからどうせ新しく好きになった人のこともすぐ飽きるんでしょ、って言われてしまったら言い返す言葉もない。でもよく考えたら、自分が楽しくて趣味で応援してるんだからほっといてって感じだよな。。。もし私がいつか今好きな人のことを好きじゃなくなっても、もらった楽しい思い出は消えないしそれを私含め誰にも否定させない。明日か10年後かいつになるかわからないけど今の〇〇担じゃなくなる日が来ても、私はちゃんと今回みたいにその人に「ありがとう楽しかったよ」って言えると思う。言いたい。

私は慶ちゃんを好きになって2年半追いかけてよかったよ。

これからも予定が合ってチケットがご用意されれば(いやほんとそこね)コンサートにも行くと思うし、慶ちゃん慶ちゃんとうるさいときもあると思う。でも私の1番は慶ちゃんではなくなったので、担当降りたくせになんだこのやろーって思う方にはほんとごめんなさい。味スタで会う約束してくれてた方も本当にすみません‥。

 

最高に幸せな15周年過ごしてください。ありがとうございました。だいすきでした!!!!